「秘すれば花なり秘せずは花なるべからず」(世阿弥「風姿花伝」)という言葉をご存じでしょうか。 秘めるからこそ花になる、 秘めねば花の価値は失せてしまうという意味です。 隠し事はよくないかもしれませんが、隠しておいたほういいこと、黙っていたほうがいいことというのは確かにあって、それが物事の価値を実は決めていることもある、ということを知っておいたほうがいいですよ。

むやみにネタを披露してはいけない、という意味でもあり・・

最初からタネを知っている手品を楽しむことはなかなかできない相談です。
最初から結末がわかっている映画を観ることもなかなかないことでしょう。
最初から犯人(もしくはトリック)が分かっている推理小説もつまりませんね。

人はみな、意外性が好きです。せっかく愛しの彼女にサプライズを仕掛けても、彼女が予め心の準備をしてたとしたらサプライズにはなりません。やはりとっておきのネタというのは最後の最後まで隠しておいたほうがいい、というわけです。

この「秘すれば花」という言葉を残したのは室町時代の猿楽師 世阿弥です。彼は父である観阿弥とともに当時は猿楽と呼ばれていた能に幽玄さと芸術性を加え、大成させました。
世阿弥は、父 観阿弥の教えや彼自身の工夫をまとめた書物を遺しましたが、これが「風姿花伝」。いまでも原文(現代訳ももちろんあり)に触れることが可能です。

隠しておくべき「花」とは、観客に感動を与える力のことです。最初からその花の存在を観客に教えたり悟らせてしまうことなく、ここぞというときにしか見せないことで、その花の価値を高めることを、世阿弥は「秘すれば花」という言葉に込めています。

ただ隠せばいい、というものでもない「花」

マーケティングや広告に携わっていると、当たり前の話ですが、どれだけ露出して、どれだけターゲットにリーチするかが勝負になってきます。

なのですが、クリエイティブそのもので考えると、やはり「秘すれば花」という言葉は重要になってきます。手品で言えば、花=タネ、仕掛け、ということになるのですが、実はそれだけではない。トークであったり、観客を夢幻に引き込む流れであったりします。逆にいうと、一つの「物語」の中に花は複数隠されていてもいいのです。

もう少し具体的にいうと、例えば推理物の創造物でいうと映画「刑事コロンボ」やドラマ「古畑任三郎」は、最初から犯人が分かっていて、そのトリックをどうやって主人公の刑事が見破っていくか、という筋書きです。この場合、犯人が誰か?という大抵の推理小説における最大の謎は、花として扱われていません。古畑任三郎の場合はトリックそのものを発見する過程が面白さになっていますが、コロンボではトリックそのものも最初からバラされていることも多く、コロンボが独特の剽軽さで犯人に迫っていく過程が面白い(有名なセリフ「ウチのカミさんがね」とか、去り際に「あ、あともう一つだけ」というようなしつこさ)。同じような作りの物語であっても、花の置き方が異なるのです。

隠すべきはむしろ花そのものだけじゃない。

このように、どんな花をどのようにして隠すか、花の置き方そのものが芸の妙になるわけですが、僕はここでもう一つ解釈をしたいと思います。

それは秘するべきは花ばかりではなく、葉だったり茎だったり根だったりするということで、それらを隠すことで花が生きる、ということです。もう少し付け足すと、お客様を前にした時、余計なことを喋らなくていいし、少し足りないくらいのほうがいい、という考え方です。

例えば、フレンチでもイタリアンでも、そこそこ良いレストランにいけば、料理が運ばれてくるたびに、「この魚はなになにで、ソースはどこどこのなにをつかっています」的に説明が始まることが多いですね。僕は個人的にあれは無用の長物と思っています。一品一品に時間がかかってゆっくり料理が来るわけで、お腹が空いている僕はとっとと冷めないうちに食べたいですから。逆にいうと、よくお店側で客がことごとく写真を撮ってインスタあたりに上げているのを”冷めるだろ、早く食べろよ、出した時が食べどきになるようにこっちは考えてんだよ!”と言いたげに苦々しく思われていることも多いのではないかな、と考えるのですが、それと同じことを客に強いていると僕は感じます。

僕としては、むしろ説明など聞くより早く食べてみたい。そして一口でその美味しさを感じたなら、そこから「これは何ですか」と質問をしたいと思っています、常々。(あ、あくまで僕個人の感想です。最初に説明を聞きたい〜!という方も多いでしょうから)

・・・ちょっと話が脱線しかけたので戻します。
作り手はついついその素晴らしさを過剰に説明したがるのですが、それはエゴだと思うのですね。
例えば当社では自社開発のコンテンツマーケティング用のマーテク「dino」を主力サービスとしていて、お客様の多くは、たいていまずオウンドメディアを作るためのCMSの採用を考え、それから徐々にその活用による成果(収益だったり、ブランド認知度向上だったり・・)をどうあげるかを考えていきます。
だから、当社としてはdinoがどのようなシステムで、どんな機能があって、どこがどう優れていくかを事細かく説明します。しかし、ここで僕は再び「秘すれば花」という言葉をチーム全員に強調することが多いのです。

肝心なことはいくつもなくて、本当に伝えるべきことをまずお伝えして、あとは質問いただければいい、と僕は思います。そしてそれらの質問に正確にお答えできるように、自社商品と、その市場環境についての知識を蓄えておけばいいと僕は考えています。

お客様の時間をむやみに奪わないこと。シンプルに簡潔に伝えるべきことをお伝えして、あとはご質問が来るのを黙って微笑みながら待つ。それでいい、というよりそうすべき。

当社はお客様に売り込みにいくこともなく、ご相談を受けるまで待っていることが多いです。だから社内に営業部隊がなく、基本的にはおいでいただいたお客さまに誠心誠意向かい合うことの重要さを日夜徹底して心に刻んでいます。

その意味で、我々リボルバーもまた、秘すれば花、それを基本原理としたコンテンツマーケティング用ファストマーテク業界の猿楽師集団であろうとしている、そう言っても良いかもしれません。

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