日立製作所 米山卓美氏 講演
まずはじめに、株式会社日立製作所の米山卓美さんにお話しいただきました。
米山 卓美(よねやま たかみつ)
株式会社 日立製作所
本社 戦略企画本部 経営企画室 部長
1994年日立製作所に入社、2002年からコミュニケーション業務に携わる。2018年からWEB業務に携わり、日立製作所のトップページをはじめ、デジタル事業部門やグループ会社のWEBサイト改訂を主導。現在は本社で経営戦略を担当。
日立製作所に入社した当時は、国内の通信事業者向けの製品を中心とした事業所に配属されたという米山さん。その後、情報通信事業部の広報担当、社会イノベーション事業部門での事業企画を経て、2012年ごろからWebに携わり始めたそうです。それから十余年にわたり日立グループの複数サイトの改革と運用に携わられた経験から、「事業に貢献する企業のWEBサイトを作る」をテーマにお話しいただきました。
インターネットの拡大と企業における活用
まず米山さんは、企業のコミュニケーション活動においてインターネットがどのように活用されてきたのか、インターネットの歴史と重ねながら紐解いていきました。
もともと米国の軍事利用から始まったインターネットが、民間に普及するきっかけとなったのは1995年ごろ。それまでもパソコン通信と呼ばれるクローズドなネットワークは一部で使われていましたが、Windows 95というOSの登場を機に、世界中がオンラインでつなるインターネットが浸透していきました。
検索サイトのYahoo!が登場したのもこの頃で、それを機に日本でもWebページに取り組む企業が現われ始めました。「当時は企業がWebページを公開しただけでニュースになる時代でした」と米山さん。日立の広報部門でも、企業紹介など紙のカタログを電子化するところから始まり、マスコミ向けのニュースリリースをそのまま公開する試みなどに発展していったそうです。
その数年後にはGoogleの登場による検索精度の飛躍的向上、Flashによる表現力の向上、さらにはブロードバンドの普及、スマートフォンの登場によるモバイル革命など、インターネットの技術基盤がどんどん進化していきました。それに合わせて企業側においても、ECサイトやネットバンキングなど、リアルの世界での提供サービスをWebに置き換える動きが出始めました。インターネットが今ほどは信頼されていなかった当時は、詐欺などを恐れて使わない人も多かったですが、セキュリティ対策なども徐々に強化され、今では誰もが当たり前のように使うようになりました。
またインターネットの普及に伴い、ネット広告の領域も急成長。Webサイトの数が増えていくと、検索で選ばれるようにするためにSEO(検索エンジン最適化)施策を取り入れる企業も増えていきました。
そして2000年頃には、当時企業の不祥事が相次いでいたこともあり、自社のブランディングを目的としたコンテンツを発信するようになっていきます。
インターネットの進化に伴い企業側の利用が拡大進化していく中で、日立としてはどのように対応してきたのか。米山さんは、日立グループのWebサイトにおける進化の歴史を、実際のデザインの変遷を紹介しながら紐解いていきます。
日立製作所コーポレートサイトの変遷
米山さん最初にが示したのは、1996年当時の日立製作所のコーポレートサイト。トップページが、今でも爆速で有名な「阿部寛のホームページ」のようなデザインになっています。会社紹介と製品紹介がメインコンテンツで、バナーをクリックしてページ遷移する形態です。
続いて紹介したのは、同じく日立製作所の2000年のトップページ。4年前のデザインと比べてビジュアルに力を入れていることが分かるほか、すでにグローバル化を果たしていることも注目すべきポイントです。メインコンテンツは製品サービスの紹介と変わりませんが、決算情報、IRなど投資家向けの情報が加わり、徐々にコンテンツが拡充されていることが分かります。
そして2006年のトップページ。メインキャッチの内容から、情報セキュリティへの注目が高まっていたことがよく分かります。大きな画像を使うことで見栄えを良くしているのに加え、情報の整理によるナビゲーションの改善など、ユーザーインターフェース面でも大きな進化を遂げています。またサイト内検索の入力窓を分かりやすい場所に置いているほか、裏側ではアクセス分析も導入するなど、現在のコーポレートサイト運営に近づいてきていることが見て取れます。
次に米山さんが示したのは、2009年頃のトップページ。メインビジュアルを見ても分かるとおり、環境への取り組みが求められるようになった時期で、Web上でもその取り組みを紹介するコンテンツが増えています。またデザインの進化面では、アクセシビリティ対応の強化が進んだのもこの時期です。画面上の方に「文字拡大」のUIを設置するなどの配慮がなされるようになりました。
続いて米山さんは、2014年と2019年のサイト改訂について説明しました。
2014年 デザインガイドラインの導入
2014年の改訂における最大のトピックは、デザインガイドラインの導入でした。日立グループとしての統一感を出すために策定したもので、100社前後あるグループ各社のサイトが共通のグローバルナビゲーションを採用するとともに、グループ内で「Inspire Red」と呼ばれるコーポレートカラーをベースとした共通デザインとしています。
さらにトップページの背景全体にタイムラプス的な早送りの動画を敷くなど、インパクトのある構成を採用。その斬新なデザインを中心に高く評価され、賞を受賞したそうです。
2019年 ユーザー視点に基づいた改訂プロジェクト
外部調査と社内ヒアリングで明らかになった課題
米山さんが日立本社のコーポレートサイトの運用に携わるようになったのは、本社に異動した2018年4月から。その前年には情報発信強化のために必要な改善に関する議論が始まっていて、外部調査を通じて課題が挙がっていたそうです。
特に問題視されたのは、「ユーザー視点を欠いた導線」「ユーザー視点を欠いたコンテンツ」「自社の強み、持ち味を伝えてない」の3点でした。良いコンテンツがあっても見つけにくかったり、自社視点の押し売りが目立つほか、伝えたい情報が読まれていないということが指摘されたのです。
また社内でヒアリングからは、「動画のせいでトップページの表示や反応が遅い」「サイト構造が深すぎて情報が見つからないので、結局Googleに戻って検索してしまう」といった指摘が上がりました。
そんなタイミングで、コーポレートサイトの改訂に加わることになった米山さん。「ある意味で素人でもある私が来たので、これまでの常識にとらわれず新たな視点で変えていこうと考えた次第です」と謙遜します。
外部調査と社内ヒアリングで明らかになった課題
改訂プロジェクトにおいては、コーポレートサイトのトップページとして「あるべき姿」を実現するための軸として、「ビジョン」「ミッション」「ゴール」を定めました。「顧客の課題に応えるためにデジタルを活用したコンシェルジュになる」ことをビジョンに掲げ、ブランド価値向上だけでなく、(今回のセミナーのテーマでもありますが)事業にも貢献することをミッションとしました。そしてそのために、欲しい情報へ容易にたどり着ける、認知度を上げて興味をもってもらう、さらに日立が伝えたい情報をしっかり届けることをゴールに設定しました。
そしてこのときに、ひとつ判明したことがあったと米山さんは言います。「そもそもコーポレートサイトのトップページに来るのが誰なのかということが、意外と忘れがちになっていたのです」。
そこで自身の行動に置き換えて考えてみたところ、大きく2つに分けられることが分かったそうです。一つは、たとえば就活生や投資家など、何らかの目的を持っている人。もう一つは間違えてきた人や、探し方が分からずとりあえず日立のトップページに来たという人。そういったユーザーのために、導線を分かりやすくシンプルにして、2〜3クリックで目的のページに行けるようにすることを目標としたといいます。
またアクセス解析により、サイトの直帰率が酷いときには60%を超えていることが分かりました。そこでユーザーの検索ワードを調べてみると、その多くが家電製品の品名や型番で、製品情報やマニュアルを探していることが想定されました。日立の家電製品は子会社が取り扱っているため、家電の情報は別サイトに掲載されていたのですが、ユーザーからすると同じ日立ということで、日立製作所本体のトップページに来ていたというわけです。
「さらに流入経路を詳しく調べてみると、その多くが某大手価格比較サイトから来ていることが分かりました」と米山さん。そのページを確認してみると、メーカーサイトへの導線として設定されたリンクが、家電サイトではなく日立本体のコーポレートサイトになっていたのです。
そこで、そのサイトから来たユーザーに対して「日立の家電品についてお探しの方はこちら」といったバナーを表示して誘導するようにしたところ、30%以上の人がそのバナーをクリックしてくれました。これで、適切なレコメンドが有効であることが分かったのです。
「Web担当者が考える自社のWebページ」と「個人として訪問する際のWeb行動」って、同じ?
このように試行錯誤を重ねていく中で米山さんは、Web運営者が行っている施策と、その運営者自身の普段の生活におけるWeb行動が、実は一致していないことに気付いたそうです。
「たとえば、SNSでずっとタイムラインに張り付いて見てる人はいないのに、自分のWebサイトでは新着記事がすべて読まれる前提で運営している。実際には古いニュースはどんどん流れてしまう中、週に1回しか見ない人もいるわけですから、優良コンテンツは毎日出す必要があるわけです。もちろんお正月の挨拶を夏に改めて出す必要はないですけど、お客様事例のようなコンテンツは数年前のものであっても紹介する価値があるわけです」。
「一度出した記事は二度と出せないという判断は、担当者の勝手ですけど、それはユーザーにとっては見る機会を消されているということになります。実は自分たちがボトルネックになっているのではないか?と振り返ってみることも大事だと思います」と米山さんは訴えます。
優良コンテンツの発信〜『Hitachi Highlights』
そして米山さんは、優良コンテンツの発信において実際にとった施策を紹介してくださいました。「コーポレートサイトのトップページに、レコメンド的にニュースを掲載するためのCMSとして、リボルバーさんのSaaS方式のプラットフォーム『dino』を採用しました。これにより担当者自ら簡単に、コンテンツを簡単に作成しバンバン公開できるようになったのです」。
掲載するコンテンツは、日立グループ各部門・各社と連携。開始当初は、取り上げたいコンテンツを米山さんらが探した上で、掲載許可を得る流れでした。それが今では逆に、「これを載せてほしい」と要望を受けるようになったそうです。
公開された記事は「Hitachi Highlights」というメディアサイトにまとめられています。オリジナルコンテンツであればdino上で記事全文を投稿し、集めた記事であればタイトルと第一段落くらいを載せて、続きは各社・各部門のオリジナルページに誘導する形が取られています。
これらの取り組みの結果、直帰率は30%台まで下がり、PV数やクリック率など多くの指標において良い数字を出し続けているそうです。
同様の取り組みをグループ会社や他部門にも展開
そして2020年4月、本社からグループの家電事業会社の広報渉外部へ異動となった米山さん。コーポレートサイトがなかなか見てもらえないという課題を抱えていたことから、こちらもdinoを活用した改訂に取り組みました。発注後わずか3ヶ月で公開を果たしたリニューアルサイトでは、過去記事の再編集や、社外メディアに掲載された記事の引用などのコンテンツを日々更新。その結果、PV数・エンゲージメントともに大幅に向上したそうです。
その2年後に再び日立製作所に戻ると、米山さんはそのデジタル事業部門のデジタルメディア部という部署に異動。ちょうどデジタル事業部門のWebでの情報発信強化を検討していたので、日立製作所本社のトップページと同様のサイト構造に改訂した上で、情報発信基盤としてdinoを採用した「Digital Highlights」を公開しました。デジタル事業部門はもともとコンテンツが豊富で、情報の発信にも積極的だったため、毎日のようにコンテンツを発信。これによりPV数は改訂前の2倍に、直帰率は30%台、エンゲージメント率は60%以上と大幅に改善し、良い形で運営できているとのことです。
ユーザー視点の徹底が重要
最後に米山さんは「事業に貢献する企業のWEBサイト」のまとめとして、ユーザー視点を徹底することの重要性を説きました。
「できることなら何でもやったらいいと思います。それで上手くいくかどうか悩んだり、困ったりしたときは、自分がネットで買い物するときや企画書を作るとき何を見て調べるかなど、自分の行動をユーザー視点で振り返ってみるとよいと思います。ぜひユーザー視点でいろいろと考えて、そのユーザーになったつもりで考えることで、結果として事業に貢献するWEBサイトができると思いますので、ぜひ参考にしてみてください」。