今回のテーマは、「Webメディアのベテラン編集長からみた、2017年のメディア倫理とコンプライアンスのあり方」です。
※ 2017年6月から毎月第3木曜日開催
メディア倫理とコンプライアンスのあり方
まず、メディア論理とコンプライアンスについて語るうえで重要な示唆を含むとして、安田さんは2つの参考記事を紹介しました。
1つ目は、大学で倫理学について教える江口聡教授の記事「剽窃を避ける」です。
「メディア倫理」というトピックをこのワークショップで考えるにあたってのヒントとして、京都女子大学現代社会学部教授の江口聡さんのブログ記事から、次の記事を安田さんは紹介しました。
安田さんによると、そもそも著作権とは著作者の「表現」を守るものです。そのため、根本的な「考え方」「構成」「アイデア」などは、著作権では保護されません。
また、著作権が守る「表現」に関しても、突き詰めると判断が難しいところがあります。
許諾を得ずにそのまま利用するのは「転載」で、当然のことながらNGの行為です。また、許可なく改変して利用することは、著作者人格権の同一性保持権にかかわる問題です。
しかし、実際には「バレないように少しずつ変えて使う」ような行為が行われているのもネットの実態です。
では、どこまでの改変ならば「コピペに少し手を入れたレベル」つまり「剽窃」と呼ばれるNGの行為で、どうすれば著作権を侵害しない自分の表現にできるのでしょうか。それを解説しているのが、前出の江口教授の解説なのです。
安田さんが紹介したもう1つの記事が、元GEヘルスケアの飯室淳史氏の記事「失敗は成功の反対じゃない、失敗を恐れて何もしないほうがリスクは大きい」の後半「私は失敗を恐れて何もしなかった」の部分です。
メディアを作るうえで我々は法律を知り、守るべきです。それは当然のことです。しかし実際には、さらに意識すべきこととして倫理があります。では、法律と倫理の関係をどうとらえるべきなのでしょうか。
その観点で安田さんが紹介したのが、こちらの記事です。
長い記事なのですが、後半に書かれているのが、勤めていた会社がGE(ゼネラル・エレクトリック)に買収されたときの出来事。GEのグループになったとたんに、「(法律よりもさらに厳しい)コンプライアンスを守ること」「それに反すれば即クビ」という厳しい条件が課せられたことを紹介しています。
GEに買収された直後の話をしたい。
2004年4月8日買収完了日以降、一番最初に、そして唯一GEが乗り込んできたのは4月12日のことでした。
普通は買収されると社長の首は飛び、経営者が入れ替わるのが相場なのだが、GEは違った。
これまで通りの成長経営を続けられるのであれば一切の干渉をしない、という方針だった。もちろん成長できなければ、その限りじゃないという意味なのだが。買収によって変わったのは、メールシステムとPCそして携帯電話のキャリア(この3つはすぐに変更になった)と、GEバリューと呼ばれる価値観を共有することと、最も徹底されていたのが「コンプライアンス」だった。
今でこそ、コンプライアンスは一般的な単語ではあるが(その割には未だに業界によっては不徹底も甚だしいが)、当時は「コンプライアンスって何?」と辞書を引いたりしたほどだった。
会社説明などはなく、凄まじい数の弁護士とともに来たインテグレーションリーダーから一番最初に言われたことは「GEは、インテグリティとコンプライアンスを最も重視します、できなければワンストライクアウト。では、その宣誓書にサインしてください。」だけだった。
ここだけの話だが、「インテグリティとコンプライアンス」と言われて、意味がわからず、ぽかーんとしたのは、私だけではない、外資系だけどね。メディアが「コンプライアンス」という言葉を使い出すのは、もうしばらく後のことだ。ある女性マネージャーが、
「よく読まないうちにサインなんかできません、理解してからサインしますから、今日はサインしないでもいいですか?」と手を挙げた。それに対して
「いいですよ、今日限りでこの会社に戻ってこないのであれば。」((((;゚Д゚)))))))
こうやって、法律よりもはるかに厳しいガバナンスが始まった。そこで学んだのが、
倫理>>ガバナンス>>法と秩序
安田さんは、上記の記事で書かれている
倫理>>ガバナンス>>法と秩序
の部分が重要だとして、これらの記事を紹介した意図として次のように語ります。
「法律を守るのは当然。では、会社として・メディアとして守るべき倫理は、法律が定めるラインに対してどの場所に置くのか。法律と同じラインなのか。それとも法律よりはるか上なのか。
そのラインがなぜその場所に定められたのかの背景にある考え方を共有し、仕事に反映させていくのがメディア倫理ではないか」
企業がマーケティングなどの目的で運営する、いわゆるオウンドメディアにおいても、広告などメディアそのもので利益獲得を考えるメディア事業者のメディアであっても、この問題は差し迫った問題であると安田さんは言います。
なぜなら、「読者にとっては、それがオウンドメディアなのか、商業メディアなのか、区別がつかないし、関係がないから」(安田さん)。
ちなみに、前出記事のB2Bhack.comでは、「コンプライアンスはビジネスチャンスか?」として、次の3記事が最近公開されていると、事後に安田さんから教えていただいたので、こちらも参考にしてほしい。
コンプライアンスはビジネスチャンスか?(1)
コンプライアンスはビジネスチャンスか?(2)
コンプライアンスはビジネスチャンスか?(3)
守るべき法律は著作権法だけではない
また、メディア関係者の間でも意外と知られていないのが、著作権以外にもケアしなければならない法律が実に多く存在するということです。
景品表示法、消費者契約法、商標法、薬機法、不当競争防止法、意匠法、民法、刑法・・・と、多岐に渡ります。みなさん、把握できているものはどれくらいあるでしょうか。
安田さんから上記のような問題提議を受け、ワークショップ参加者で議論が繰り広げられました。
写真の著作権はどこにあるのか?
ここで参加者の中から、写真の著作権問題に関わる興味深い事例が紹介されました。
「ある写真家(A)が撮影したある作品にインスパイアされた他の写真家(B)が、その作品と全く同じ場所で、同じ画角、構図で写真を撮り、それを自分の作品として発表した」というのです。
当然最初の写真家(A)は著作権侵害であるとして訴えを起こしたのですが、結果的には敗訴し、彼の申し出は棄却されたと言います。
著作権はアイデアや構成までは保護していないので、写真そのものは確かに写真家(B)が撮影したものである以上、それは写真家(B)の著作物である、という判決だったのでしょう。この判決においては、撮影した場所や画角や構図、それらをひっくるめてのアイデアそのものは著作権の対象ではないと考えられたのかもしれません。
しかし、と安田さんは言います。
確かにこの事例では写真家(A)の訴えは退けられ、写真家(B)に著作権が認められましたが、法律ではなく倫理の面で考えた時、良い写真を撮ろうと考え、場所や画角や構成を作り上げ、実際にその場所で撮影をした写真家(A)の発想・アイデアのオリジナリティは尊重されるべきです。
裁判では勝ったものの、写真家(B)に対する周囲の感想は、やはり写真家(A)のアイデアを”パクった”というものなのではないでしょうか。
法律では問題ないとされる行為かもしれない。しかし、自らの定める倫理ではその行為がどうかを改めて考えるべきではないかと、安田さんは訴えるのです。
「なぜなら、メディアで最も大切なのは、信頼してもらうこと。そのためには、倫理観はしっかりと定めなければいけない」(安田さん)
一番確実なリスク回避方法とは
このようなリスクを未然に防ぐためにはどうしたらよいのでしょう。ワークショップの参加者から意見が出ます。
「大事なことは、引用されたほうの、オリジナルのアイデアの持ち主が、引用されて喜ぶかどうかではないか」
勝手な改変や意図するところを曲解してしまえばそれは引用ではなく、剽窃です。そんなことをされて喜ぶ人がいるわけがありません。
「つまりそれは法律の問題というよりも、倫理、マナー、モラルの問題ですよね」と安田さんは言います。
「特に著作権関係で、大切なことがあります」と安田さんは続けます。「利用する前に、そのオリジナルのアイデアの持ち主、著作者に事前に一言伝えることです。ほとんどの著作権関係のトラブルは、事前に一声かけるだけで避けられるものなのです」
「それは結構面倒臭いですよね」と参加者の一人が感想を漏らしました。すると安田さんは柔和な顔を引き締めて「メディア運営を舐めてはいけない。良いコンテンツを作ればいいというものではない。手間を惜しんでだれかがイヤなキモチになってしまったら、そのコンテンツは本当に良いコンテンツだと言えるのか」と警告したのです。
MFI:モバイルファーストに舵をとるGoogleと、Google好みのサイト作りを進める必要性
次に、リボルバーの小川は「コンテンツを作る上で、倫理面ではなく技術面で改めて考えるべきホットな話題として」、MFI(Google Mobile First Index)について考えたいと語りました。
MFI=モバイルファーストインデックスとは、Googleが検索結果を返すときに、PC向けページの内容を参照して検索順位を決定する現在のやりかたから、スマホ向けページの内容を元に検索順位を決定するやりかたに方針転換する、というGoogleの発表のことです。
このMFIが正式に採用されれば、PCサイトの簡易版として、コンテンツを間引いてモバイルサイトを作成していたり、スマホサイトを用意していない企業の検索順位は大きく下落することになります。
「DeNAのWELQ問題のポイントは、彼らの独特の検索エンジン対策(SEO)によって、Googleの検索結果が汚染されたことだ」と小川は指摘したうえで、こう続けます。「ただ、スマホとソーシャル全盛時代になってなお、SEOだけであれだけのトラフィックを生み出せると世間が知ったという側面も大きい。メディアにトラフィックを集めるうえで、Googleはやはり重要だと皆が理解した」
それだけに、MFIには大きな注目が集まっている、と小川は指摘します。
安田さんはMFIの重要性について同意し、上述の図を用いて、MFIの構造を簡潔に参加者に説明したうえで「GoogleがMFIを採用するのはどうやら2017年中はなさそう」と語り、慌てなくてもまだまだ時間はある、と述べました。
また、Google自体がアナウンスしていることですが、そもそもレスポンシブWebデザインを採用し、モバイルサイトを充実させている企業の場合、MFIに対する備えはすでにできていると言えます。
レスポンシブデザインや動的な配信を行っているサイトで、主要なコンテンツやマークアップがモバイル版とデスクトップ版で同一である場合は、何も変更する必要はありません。
「GoogleはレスポンシブWebデザインが好きなんです」と安田さんは言います。
「デバイスにより表示形式を変えるために複数のURLで一つのサイトを運用している場合、アノテーションタグ(注)を入れることにより、同じサイトである、とGoogleに認識させているわけですが、このタグの入れ間違いがものすごく多くて、検索の精度を乱しています」
レスポンシブWebデザインの場合、PC版もモバイル版も同じURLですから、こうした問題が起きません。だからこそGoogleは同一URLでの運用を推奨しているのだ、と安田さんは指摘するのです。
(注)アノテーションタグとは
例えば
【デスクトップ用】http://example.com/
【スマートフォン用】http://s.example.com/
のようにPCサイトとモバイルサイトを違うURLで運用している場合、この二つが同じサイトのPC版とスマホ版であることを示すためのタグを、サイトに挿入します。これをアノテーションタグと言います。
「MFIがいつ採用されるかはおいて」と小川は言います。「Googleが求める仕様や、彼らが正しいとするやり方に沿ってサイトを設計したり、コンテンツを作ることが得策」であると。Googleの検索エンジンを欺く方法を考えるのではなく、Googleが目指す理想のWebに近い形でコンテンツを作ることが、真のSEOであると小川はいうのです。
「そこでリボルバーは自社で開発・提供するクラウド型のメディアCMS『dino』をさらに、Googleさん好みにさせる新しい試みをしています」と小川。
「リボルバーは、創業以来一貫してレスポンシブWebデザインのサイトを量産するための仕組み作りにこだわってきていますが、さらに『Spiral』と『Marble』というモバイルサイトとPCサイトの境目を限りなく小さくする新デザインワークを用意しました」と小川は語りました。
▼「Spiral」とは
検索やソーシャルメディア経由でサイトを訪れたオーディエンスが、該当する記事を下にスクロールすると、オーディエンスが訪れた記事に関連づけられた(記事に付与されたタグによってフィルタリングされた)カテゴリーがまとめられたトップページが現れる仕様です。「Spiral」は、昨今多くのメディアが直面している、トップページへのトラフィックの低下を食い止め、改善する有効な対策となります。
▼「Marble」とは
サイドバーなどコンテンツ以外の表示物を排し、カード型に成形されたコンテンツを時系列順に表示し、デスクトップにおいてもモバイルにおいても全く変わらない読者体験を提供するトップページデザインです。より多くのコンテンツを表示することで、トップページにおける広告出稿量を増やすことも可能になります。
検索ワードより検索意図
ちなみにWELQ問題を通じて、8000字程度の長文コンテンツがSEO対策に有効だという論評が多く見受けられましたが、安田さんは「必ずしもそうではない」と指摘しました。
「長ければいい、というのも間違い」と安田さんは語ります。今後の検索には、むしろ検索意図 を汲むことの方が重要であると安田さんは言うのです。
例えば「渋谷 居酒屋」というワードでも、PCで検索している人は(今すぐではない)今後の予定を立てるために見ている人が大半でしょう。しかし、スマホで検索しているのであれば、今まさにこ行きたい場所を探していると推察されます。また、同じ「渋谷 居酒屋」という検索を行なっているのが朝の9時であるか夜の9時であるかによっても、変わってきます。場所と時間≒タイミングによって検索を行う意図が変わるということです。
検索ワードより「検索意図 」こそが重要であるのではないか。安田さんはそう指摘します。
今後のGoogleは、単にインデックスやランキングの手法を変えるといったこと以上に、検索意図を推定して、検索結果を最適化させてくるだろうと。
ということは、コンテンツを作る側=メディアとしては、ユーザー行動観察に基づいてコンテンツを制作することを意識していかねばならない。安田さんはそうまとめました。
次回のワークショップのゲストは、株式会社富士山マガジンサービスCTO兼マーケティンググループ長の神谷アントニオ氏です。
次回のゲスト講師:神谷アントニオ氏。
テーマは「Webメディア担当者がおさえておくべきインターネットテクノロジ」です。
ご興味のある方は上記ページをご確認のうえ、ご連絡くださいませ。
定員10名となっておりますので、原則として先着順です。ご興味ある場合は、お早めに申し込みください。