ハードボイルドとは、あくまで客観的で感情や余計な先入観を加えず、シンプルに行動をなぞるような描写のことを指します。(ハードボイルドな文体を初めて完成させ世に広めたのはヘミングウェイとされています)
ビジネスパーソンもまた、ハードボイルドなスタンスで仕事を行うべきと僕は考えていますが、そのココロを以下に記したいと思います。

ハードボイルドとはなにか

ハードボイルド、という言葉をご存知でしょうか?元々は固茹で卵、つまり黄身がパサパサになるくらいにまで茹で上げた卵(ハードにボイルドされた、固くなるまで茹でちゃった、という意味=Hard Boiled)のことを指す言葉ですが、昨今では行動的かつ冷徹な暴力的な描写を多く含む小説や映画(特に探偵物や殺し屋モノ)などを意味する形容詞になっているようです。
しかし、本来の用法は余計な形容詞などを入れず、無駄を省いた簡潔かつ客観的な、“乾いた”文章表現に対する呼び名であり、その始祖と呼べるのはかの文豪アーネスト・ヘミングウェイなのです。

感情を加えず、行動をなぞるように描写するヘミングウェイは、例えば主人公が美麗な花園にいたとしても、美しい花が咲いている、などという表現はしません。代わりに、主人公がしばし花を見つめて立ち止まっていた、と書くのです。主人公の行動でもって、彼(彼女)が花や景色を美しいと感じたことを読者に悟らせるのであって、作者が花や景色を美しいと断ずることはありません。あくまで作者は客観的な立場を崩さず、登場人物の行為・行動によってのみ、事実は語られます。

男は「げえっ」と言った、というような表現も登場しません。かわりに、男は少し驚いた表情をした、くらいは書くかもしれませんが、あくまで淡々と客観的に、まるで作者も観客又は読者と同じ席で劇場にいるかのように描写するのです。

余計な描写を省き、形容詞や感嘆詞も入れず、ひたすらシンプルに揺るぎない事実だけを書く。それがハードボイルドな文体の真骨頂です。

これは映画のような映像作品でもそうだと思いますが、必要以上に登場人物に語らせたり(火曜なんとか劇場みたいに、刑事が容疑者に問わず語りでトリック明かしを話すなんていうのは、ハードボイルドとは真逆のやり方ですね。悪いとはもちろん言いませんが)、情緒的な画を長々と流すようなシーンがたまに見られますが、ハードボイルドな作風を目指すのであれば、こうした安易なやり方は慎まないとならないのです。

ハードボイルドの始祖ヘミングウェイの傑作『老人と海』

有名な作品を数多くこなしているヘミングウェイですが、最も著名な作品といえば僕は『老人と海』を思い出します。

長い不漁で苦しめられながらも、主人公の老漁師は、飽くことなく倦むことなく1人淡々と小舟に乗って海へと繰り出し続けていました。
そんな彼は、ある日見たこともない巨大を持つカジキに出くわします。しかし、老人ははしゃぐでもなくいつも通りの手順でカジキを釣り上げようとするのです。
さすがは大物、反抗も凄まじく、カジキを仕留めるまでに老人は何日もの長い時間を費やさざるを得ませんが、老人は闘い抜き、ついにはこの大物をゲットします!
さすがに苦労が報われた喜びに胸を震わせたとは思いますが、それでも老人は淡々と(カジキは大きすぎて舟に載せられないので)ロープでカジキを括って曳航します。

ところが・・・(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

これで一安心、と思いきや、今度はそのカジキが流した血にひき寄せられた無数のサメが襲ってきます。

苦難に次ぐ苦難!

しかし老人の闘志は衰えず、櫂を振り上げ、カジキに食らいつこうとするサメたちを殴りつけて撃退しようと試みるのです。

とはいえ、多勢に無勢・・・老人の必死の抵抗も虚しく、やがてカジキの肉は群がるサメたちに食われ尽くされてしまい、あとには骨のみが残されます。

長く続いた決死の闘いの果てに、長い不漁を経てようやく手に入れた獲物を無慈悲なサメたちに奪われ、老人の苦労は全く報われることなく、辛く哀しい結末となります。まさに、普通の人なら心折れて立ち直れない瞬間・・・

しかし 老人は心の中の落胆や嘆きを口にすることなく、再び淡々と 骸骨と化したカジキの骸(むくろ)を繋いだまま、浜へと戻ります。そして疲れ切ったカラダを使い古した寝床に横たえると、1人静かに眠りにつくのです。

ビジネスパーソンよ、
怯まずはしゃがず淡々と仕事をこなす 『老人と海』の老漁師を目指せ

商売をしていると、この老人の苦労は他人事ではないなと感じることはよくあります。

なかなかいい仕事の話が来ない、大きな案件が来たと思っても商決までに予想外に時間がかかったり、決まったと思ったら話が流れてしまったり。そんなことはよくあることです。

塞翁が馬、と気取るつもりはありませんけれど、繰り返しますが、老漁師と同じような目に遭うことはほんとよくあることなのです。だから、ビジネスパーソンはこの老人のように、淡々と仕事に向かうべきだと僕は思います。

いい案件が来たからと言ってすぐはしゃぐのはやめましょう。逃してしまったからといって、すぐ落ち込むのもやめましょう。
巨大なカジキを失った老人ですが、一眠りしたら、また翌日には何事もなかったかのように漁に出るはずです。これこそがプロのスタンスだと僕は思います。

また、カジキ(案件)を前にして、老人はいつもと同じく淡々と手順どおりの仕事をします。これが大事です。大きな獲物だろうと小さな獲物だろうと、対し方は同じ。丁寧に、型通りの仕事をする、それが大事です。
倣い覚えた、その身にたたき込んだ技術を、常に100%発揮すればいいのです。はしゃぎすぎて焦ったりすることなく、落ち着いて丁寧な仕事をすればいいのです。

思うに、この『老人と海』は、描写手法もハードボイルドですが、主人公の老人の生き方や仕事人としての立ち方自体がハードボイルドです。冒頭に書いたようにハードボイルドというと、行動的かつ冷徹な暴力的な描写を多く含む小説や映画などを連想させるようになっており、結果としてハードボイルド小説のようなジャンルを産んでいます。確かに、そうしたハードボイルド作品の登場人物の多くは(仮に反社会的な立場の人間だとしても)痛みや苦しみを味わっても表に出さず、感傷的な態度を嫌う屈強な人物だったりします。

ただ、僕は何もそんな男たち(女もいます)と同じような生き方や、ニヒルな態度を真似せよといっているわけではありません。
ただ、イケてるビジネスパーソンになりたいのであれば、その道のプロを目指すべきだし、プロというものは、どんなシチュエーションにおいても冷静さを失わない、ハードボイルドなスタンスを崩さない人物であるように思いはします。

少なくとも、日々変わる風向きや波にいちいち反応したり一喜一憂するのでなく、冷静に、淡々と機会を狙い、逸したら即座に気持ちを切り替え、首尾よくいってもすぐ静かに次の獲物を探す、そんなスタンスを持つために、僕たちはハードボイルドな仕事を心がけるべきだと思います。

『老人と海』の老漁師のように何日も続く闘いにも怯まず、不幸に見舞われてもすやすや眠れる。そんなハードボイルドなスタンスを心がけていきたい、そう思うのです。

画像: デキるビジネスパーソンはハードボイルドに。『老人と海』に学べ。

小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。

ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。

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