シンガポール バクテー専門店 新加坡 肉骨茶という店に行ってきました。
(赤坂本店らしいですが、僕が行ったのは麻布十番店)
食したのはもちろん肉骨茶(バクテーと読みます)。豚あばら肉(骨付)を、漢方らしいスパイスと中華風醤油で煮込んだ料理ですが、肉骨茶はマレーシア、それもクラン(Klang。クアラルンプール近くの港町)の名物だとここで主張しておきます。とこがなぜかシンガポールのほうが本場のように信じている人が多いようです。マーケティングもしくはブランディングって大事ですよね、という話に強引につなげます。

アイデアは生み出した者のモノか?広めた者のモノか?

僕はマレーシア(首都KLことクアラルンプール)在住6年。また、シンガポールにもオフィスを持っていましたので(泊まったことはさほどないのですが日帰りで)30回は行っています。
シンガポールの三大郷土料理といえば、肉骨茶(バクテー)、鶏飯(チキンライス)、フィッシュヘッドカレー(白身魚のカマがそのまま入ったカレー)かな、と思うのですが、その起源はマレーシアにあり、少なくとも肉骨茶とチキンライスはマレーシアの名物であると僕は信じてます。

しかし、多くの日本人にとってはチキンライスも肉骨茶もシンガポールのローカルフードであるという認識が広まっているし、否定しようもないくらいに認知されていることを認めざるを得ない状況です・・・・。

僕はこのブログで何度かマクドナルドハンバーガーの”創業者”レイ・クロックのことを引用しています。本来はマクドナルドの創業者はディックとマックのマクドナルド兄弟というべきですが、彼らからマクドナルドの全てを簒奪したレイ・クロックは自分こそが創業者であると胸を張って宣言しています。
歴史は強者が作る、と納得せよ、とは言いません。なぜなら僕もレイ・クロックこそがマクドナルド帝国の創業者、始祖であると思うからです。注文から30秒でできたてのバーガーをお客にお渡しするシステムを作ったのは確かにマクドナルド兄弟ですが、そのシステムをマクドナルド兄弟以外でも再現することができると証明し、全米に一気に広げスケールさせたのは他ならぬレイ・クロックだからです。つまり、アイデアそのものはパクリかもしれないが実行(Execution)した人間を創業者と呼ぶべきと僕も思うからです。

その意味では、肉骨茶の起源はマレーシアですが、日本進出を果たし、シンガポールのローカルフードであるという認識を多くの日本人に持たせているという点では、シンガポール側のPRの勝利であると認めざるを得ないですね・・・。

1900年代前半にマレーシアで生まれた中国人労働者の朝食 ”肉骨茶”

マレーシアはご存じの通り英国の植民地でした。多くの中国人、それも福建州から移民してきた中国人は銅山や港湾で苦力(クーリー)として重労働に従事していました。彼らの多くは栄養失調に悩まされていたので、その解消方法として残飯として捨てられていた豚の肋肉を煮込んで食べたのが肉骨茶の発祥と言われています。肉骨茶はかなり栄養価が高いというかカロリーが高いので、基本的には朝食です。KL(クアラルンプール)市内では深夜でも食べられる料理ですが、本場とされる港町クランでは午前中にしか店は開いていませんでした。

シンガポールは1965年8月9日に独立するまではマレーシアの一部でしたから、肉骨茶の起源(オリジン)は当然マレーシアにあります。だからシンガポール側がいくらオリジナルを主張しても、僕ら的にはそら無理でしょ、という気分です。

実際、実は僕はマレーシアに住んでいた90年代後半に、日本に肉骨茶専門店を開きたいと思い、スポンサー集めに奔走したことがあるのです。残念ながら協力者に恵まれず、計画を断念せざるを得ませんでしたが、もし上手くいっていればシンガポール バクテー専門店という試みが今になって日本に生まれることはなかったのに、と思わざるを得ません(苦笑)。


主張すべきことはタイミングを逃さず主張せよ。
企業ならばなおさら・・・

日本国内に、マレーシア料理店はそれほど多くはありませんが、結構昔から存在はしていると思います。しかし、彼らの多くは日本在住マレー人であって、華人系マレーシア人(つまり中国系)ではないため、その料理の基本はマレー料理です。しかし、チキンライスにしても肉骨茶にしても、ルーツは中国にあり、シンガポール料理として今日本に持ち込まれているのは、それら中華料理をベースとして東南アジア風にモディファイされたものです。

シンガポール料理、という呼び方自体が日本に入ってきたのはマレーシア料理よりあとだと思うのですが、マレー風の料理(ニアリーイコールでインドネシア料理に近いです)は、焼き飯であるナシゴレンや焼きそばであるミーゴレン、カレーテイストの平麺であるラクサなどは比較的受け入れやすいものの、やはりインディカ米(タイ米など。長細くパサパサした米)はあまり好まれないうえ、ココナッツミルクやピーナッツ、ニンニクなどのペーストで味つけられたやや甘い料理(例えば焼き鳥に近いサテ)は大抵の日本人の舌にはあまり合いません。

対して中華料理ならば日本人の多くは大好きですから、それをベースとした料理であれば普及しやすい。結果として、料理の体系自体はマレーシアとほぼ変わらないシンガポールは、後発の優位を生かして中華ベースのローカルフードをシンガポール料理として日本人に紹介し、大きな成功を得るのです。

果たしてシンガポール料理はエスニックフードとしては、タイ料理以来の大成功を実現しつつあります。それどころか、もしかするとタイ料理を超えてインド料理に迫る勢いを作り出すかもしれないません。

こうしてみると、オリジナルと言えるのはマレーシアであるし、料理体系のほとんどはマレーシアとシンガポールはほぼ変わらないけれど、日本への輸出の仕方、そして広め方に違いが出ていると言えます。
つまりはマーケティングの差です。マレーシア側にはマーケティングの考え方がなかったのかもしれませんし、シンガポールとの間に巧拙があったのかもしれない。そのあたりの本当のところは僕にはわかりません。
ただ、本来マレーシアが誇る郷土料理であるチキンライスや肉骨茶は、すっかりシンガポール料理であるという認識が日本人には広がっている、その事実を悲しむと同時に、しっかりとアピールし、戦略的に広げていこうとしなかったマレーシア料理側に苦言を呈したいだけです。

やはりアイデアは、それを生み出した者より、実際にそれをやってみせて巷間に広げた者のものである、ということでしょう。

その意味で、マーケティングやブランディング、PRなど、きちんと主張し、その主張を周囲に納得させる努力をしない者には怠惰への報いというものがある、と心底思わざるを得ないのです。

コンテンツマーケティングやソーシャルメディアマーケティングなど、従来のマスメディアには頼らなくて済む、その意味では比較的廉価なマーケティング手法がどんどん生まれています。ならばいますぐ自分たちの価値や存在意義を主張しなくてはもったいない。企業はどんどんマーケティングやブランディングに予算を割り当てるべきですね。さもないと、せっかくのアイデアをパクられて、そのうえ実践を怠った馬鹿野郎と嘲笑されてしまう羽目になるかもしれません。

肉骨茶という美味しい料理を、いただきながら、僕はそんなことを思い、マレーシアで最初に肉骨茶を考え出した先達たちのことを寂しく想っていたのでした。

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